タイトルの訳し方

英語版のタイトルの付け方には、いくつかのパターンがあります。タイトルを見ているだけでもいろいろな発見ができます。

日本語版と同じタイトルのもの

これには、もともとタイトルが英語のものと、日本語をそのまま使ったものがあります。前者は、桐野夏生の『OUT/Out』、鈴木光司の『リング/Ring』、奥田英朗の『イン・ザ・プール/In the Pool』など。後者には、井上靖『しろばんば/Shirobamba』、夏目漱石『こゝろ/Kokoro』などがあります。

原題を基本にして説明を付加したもの

元の日本語のタイトルを利用して、それに英語を付け加えたものがあります。日本語のタイトルだけではわかりにくいためでしょう。こうした例には、太宰治『津軽/Return to Tsugaru』、よしもとばなな『TUGUMI/Goodbye Tsugumi』などがあります。井上靖の『風林火山/The Samurai Banner of Furin Kazan』というのもあります。「風林火山」は武田信玄の旗指物ですが、そのことを知らない人に配慮したタイトルなのでしょう。

そのまま訳したもの

一番多いのはこのパターンです。井伏鱒二の『黒い雨/Black Rain』、川端康成の『雪国/Snow Country』、田山花袋の『田舎教師/Country Teacher』など。夏目漱石の『吾輩は猫である』はI Am a Catです。「吾輩」のニュアンスが生かされていませんが、まあこれは仕方のないことなのでしょう。訳者自身も訳すのは無理と前書きの中で認めています。なお夏目漱石の『二百十日』はそのまま210th Dayですが、これの意味がわかる外国人が果たしてどれだけいるのでしょうか。ちょっと気になりました。

以上の例は直訳といっていいものですが、中にはなるほどと思えるものがあります。太宰治の『人間失格/No Longer Human』、宮沢賢治の『雨ニモマケズ/Strong in the Rain』などはこう訳すのかと感心しました。もっとも、『雨ニモマケズ』には他にもいろいろな訳があるようです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Ame_ni_mo_Makezu

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』には、Night of the Milky Way RailwayNight on the Galactic RailroadNight on the Milky Way TrainNight Train to the StarsMilky Way Railroadと、英訳が五つあります。それぞれ雰囲気が異なりますが、これは人によって好みが分かれるところでしょう。なおWikipediaでの訳はNight on the Galactic Railroadです。
http://en.wikipedia.org/wiki/Night_on_the_Galactic_Railroad

タイトルが慣用句やことわざの場合、直訳すると意味が通じなくなります。こうした例として、谷崎潤一郎の『蓼喰う虫/Some Prefer Nettles』があります。『新和英中辞典』(研究社)には「蓼喰う虫も好き好き」の訳としてThere is no accounting for tastes.とEvery man to his taste.の二つしか載っていませんが、『新和英大辞典』(研究社)にはそれらの他にSome Prefer Nettles.も載っています。nettleは「イラクサ」のことです。イラクサは葉にトゲがあり、さわると痛みを感じます。直訳ではありませんが、元のタイトルをそのまま使った例といえます。

内容を踏まえて新たにつけたもの

このパターンも少なくありません。小川洋子の『博士の愛した数式/The Housekeeper and the Professor』、筒井康隆の『家族八景/The Maid』、乃南アサの『凍える牙/The Hunter』などです。そのまま訳しても特に問題はなさそうなタイトルもありますが、やはり何らかの配慮があるのでしょう。

日本語に直接対応する英語がない場合や、そのまま訳すと意味不明になる場合にもこのパターンが使われます。宮部みゆきの『火車/All She Was Worth』、谷崎潤一郎の『卍/Quicksand』などです。

登場人物の名前をタイトルにしたもの

あまり多くありませんが、こういう例もあります。東野圭吾の『秘密/Naoko』、谷崎潤一郎の『痴人の愛/Naomi』、同じく谷崎の『細雪/The Makioka Sisiters』などです。また変わったところでは、松本清張の『砂の器/Inspector Imanishi Investigates』というのもあります。これについては日本語版と英語版の読み比べでふれています。